広がり

街とコラボする・詩集 取手へ ようこそ

街とコラボする・詩集  取手へ ようこそ!

「取手オンリーワンさがし」スタートアップ宣言

住みはじめて12年、まだまだ新参のわたしですが、ふと(今 住んでいる取手の町は、世界で一番住み心地のいい町)なのではないかと思うときがあります。それでも声に出して、この町は「地球ナンバーワン!」などと言ったなら、ほかの世界中の町に住む人から反発され、その証拠を示せ、などのブーイングを受けてしまいます。そこで思いついたのが、この町の良さ、ほかの町にはない住み心地の良さの原点となる
「オンリーワンさがし」
です。それなら、ほかの誰からも文句は言われないはずですし、その思いは新しく取手の町の良さを見つけて移住されて来られた人も、すでに取手に住んで長い方にも共通のはず、みんなで今からいっしょに、
(手を取り合い)、この町の「オンリーワンさがし」を始めることができたなら素晴らしいことではないか、などという幻想が高まって、この冊子の作成をはじめてしまいました。
もちろん、表紙の図柄に、
取手アートプロジェクトの企画で作られた常磐線の線路脇の壁画の写真を使用したのは、それが世界に一つしかない「オンリーワン」の一つだと考えたからにほかなりません。

さあ、取手の町のオンリーワンさがしの始まりです。

オンリーワンの町
    
利根川と常磐線とが交差する町――
   だから 
(景色が違う 空気が違う)

 この町は特別な町だと思う。
   胸を張って
  声高らかに言うがいい。

  オンリーワン とりで!
(こんな町は、外にはない)

つくしくん

 いやあ 一年ぶりだね
   待ってたよ

 いつきみたちに であえるか
   ぼくは
 利根川土手を あるきながら
   視線の先を 
  足元の遊歩道わきの 
 河川敷の河原に下る斜面に
   向けていたのさ

  去年の秋に 大型機械で
  下草が短く
  刈りそろえられたまま
   枯れ残った草の間に 
  そろそろ きみたちが
 すがたを現してくるころと
   おもってね
   きみたちの
  なかまのひとりを
   見つけた時は
 とびあがった そして
   よくみれば 
 おやおや あっちにも
   こっちにも
 そろって 二本 三本と
   立っている

 また であえたね
   今年は三月二十七日
  去年より すこし 
   おそかった ちょっと
  寒い日が つづいたからね 

  ところで 
 つくしくん って 何者 ? 

  花 ではなさそうだし
  新芽 でもないし
  果実 というのでも
   なさそうだしね

  きみたちは 自分が何だか
   知ってるの?
  つくしくん きみたちは
 なにしに この土手の草地に
   生まれてきたの?

  ぼくは しきりに 
   話しかけていた


 芽吹く時

 柳の紐のような一本一本の
   ながい枝に

 明るい黄緑色の新芽が
  見えるようになったときは

 感激した 見ていると
  その緑が まるで

  水彩の絵の具を
 つけくわえていくように

  ながくて しなやかな枝の
  全身に 姿をあらわし

   風に ゆらゆら
  ゆれている それが

  どんどん 増えて
   色も あわい黄緑から

  青緑に色濃くなって 
    とうとう

  一人前の 柳の
   しなやかな一枝になって

  風の中で 泳いでいる 
   何て 素敵なんだ!

  生きている!!――って
   つくづく 思う


はるたちがやってきた

 春霞 花々 
  初萌えの新芽 つくし

 それらが つぎつぎと 
  まちかねたように
  集団で姿をあらわし

   あっという間に
 あたり一面に ひろがった


   はるたちが 
  やってきたのだ しかし

   何かあせっている?
    そうおもって

  観察していたら
   みえてきたものがある

 はるたちが やってきたすぐ
    その後から

  もっと 勢いのある
   なつたち が

    それも
  掌握できないくらいの

  層の厚い集団をくんで
   やってきたのだ
  はるたちが ゆっくりして

   いられないわけが
  わかったような気がした


(これらは、毎日のように利根川土手を歩いていて思いついた「はるたちがやってきた」という言葉をきっかけに、書きつけた詩です。) 

とりで豆知識
○利根川はどこから流れてくるの? 

利根川の水源地は、標高 1831メートル日本列島の背骨の一部である三国山地です。源流は、この三国山地にある大水上山(おお・みなかみ・やま)の南面の雪渓です。

○ベス・ポジ、二刀流?

取手の表玄関は 
 首都東京と始発電車で直結

 アクセス良好。座って通勤通学が
 できるベストポジション
   (ベス・ポジ)
そして裏庭は 
 水田の広がる農業地帯で

  田舎と都会がコラボ
   (二刀流)
 バス路線と常総線の始発駅でも。


いつもの時間 

 いつもの時間に
  いつものように
 ホームにやってきて
   同じ電車の

  同じ座席に 座り
 発車を待つ そして

今日もよろしくね――と 
 つぶやいてみる 


終点まで

 終点まで乗る
  電車の座席で
 文庫本の読書三昧?
  居眠り三昧?
スマートホン・電子手帳三昧?
   さまざまだけど
  共通しているのは

 乗り越しの 心配のない
   安心感かな
  

終点

 終点が 近づくたびに
   人が降り

  空席の増えた座席が
 線路上を 運ばれて行く

  残された 客たちは
   ほっとした表情で

   まるで もう
 自分の家に 帰ったような

   なごやかさ 
 ああ もう少しで 到着 


(これらは、大切な日常の中に、取手の町があり、常磐線の電車がある。その幸せな思いを詩にしたものです。)

とりで豆知識
○ 取手の電車いつから開業?
1891(明治29)年
日本鉄道土浦線として田端~土浦間の開通とともに開業。

1949(昭和24)年に松戸~取手の電化が完成、

1982(昭和57)年11月
常磐線我孫子~取手の複々線化により千代田線の相互乗り入れが取手まで延長。

2014(平成26)年
東京・上野ライン開通とともに取手から東京、新橋、品川への直通運転が始まる。

○ 取手発のその他の電車・バス路線
(常総線) 守谷・岩井・水街道へ
  
(関東鉄道バス)
東口 井野団地循環・藤代・光風台・竜ケ崎
西口 JA取手医療センター・江戸川学園。戸頭駅・守谷東口・谷田部車庫へ

(大利根バス)
東口 戸田井経由利根町北方車庫・利根町もえぎ野台・立崎・戸田井経由利根ニュータウンへ


とりで自慢

 千代田線の終点の町
   とりで 
 なんと言っても自慢は

  千代田線 
      常磐線各駅停車
  小田急線の 
   相互乗り入れ 

 大学の集まる勉学の拠点
    新お茶の水

 大きな会社の拠点 
    大手町 日比谷

   行政と政治の拠点
    霞ヶ関 国会議事堂前

   へ直通運転

 それだけじゃない
   赤坂 乃木坂 
    表参道 
   明治神宮(原宿)

 トレンディーな町にも
   乗り換えなしで行ける


 それだけじゃない
  小田急線のベッドタウン
   東京の世田谷・
   神奈川方面の
 数々の町ともつながっている

  箱根方面へも お手のもの

  
すぐれもの、常磐線快速

 取手駅からのもう一つの
  始発の常磐線快速も 
   すぐれもの

   どの時間帯も 
  上野へ直通電車

   朝晩の時間は
東京・品川ラインの電車が始発

 上野 東京 新橋 品川まで
   直通があるから
   通勤通学だけでなく

日本全国へ旅のアクセスも良好

  空の窓口羽田へも
 上野からは浜松町経由で
   モノレール

品川まで行けば京浜急行で直行

  帰りも 品川始発や
  上野始発から取手まで

   まるで 
  御召し列車気分


あらためて心のそこから

 あらためて心のそこから
   胸を張って
  声高らかに言うがいい

 オンリーワン とりで!
(こんな町は、外にはない)

(現代の取手のもう一つの魅力は東京芸大のある町であること!ここでは日々、芸術家が卵から孵り、成長し巣立って行くのです。

 さて 取手駅へ帰り着いたら 見逃さないで見つけて見てください。
東京芸大の生徒さんが描いた壁画や創作展示物の数々が
町のあちこちに散らばっている、市民ギャラリーものぞいて見てくださいね。見つけてみてください!この町のオンリーワン)


とりで豆知識

○ 東京芸大はいつから取手に?
1987(昭和62)年3月 取手校地取得(164,401平米)
1991(平成3)年10月取手校地を開設

○ 取手アートプロジェクトって?
取手アートプロジェクト(TAP=Toride Art Project)は、1999(平成11)年より市民と取手市、東京芸術大学の三者が共同でおこなっているアートプロジェクトです。

旅人になって

  普段通い慣れた町を 
  すべてのなじみを

    取り去って 
    初めて訪れた
    〈旅人〉

  になって歩いてみる
    まるで


    遠い時代の
  古(いにしえ)の時間を

   定規で計ろうとでも
   するかのように


  見つけたのは 古い道標
    〈江戸へ十里〉


都会の匂い、町の色

  年月の経過が作り出した
     身近で

   興味の尽きないもの
    〈町〉 
  江戸以来の宿場町に
   都会に通じる鉄道が
  80数年前に開通し

  いくつも団地が作られ
    人が増え

   新しく店ができ
  その醸し出す雰囲気で

    できあがった
   その町の色と匂い


  あの店は開店80年目
   この店は25年目

  いやいやこの酒造所は 
    江戸時代から

  この奈良漬け屋さんも
   町の歴史そのもの

   今 流行りの
チェーン店も集まっているし

   途中で頓挫し
  閉店した店があると

  その建物をリニュアルし
   新たな店が出店する


  このレストランは 
 2度入れ替わった3代目

 3年前 始まったコンビニ
  酒場 レストランも
 入れ替わり立ち代わり

   いつだって
 ああ この町は 僕の
    〈町〉
 だ 大都会と一味違う
 落ち着いたたたずまい

   歩道をたどって 
  町中を歩くたびに感じる

     温もり
  自分が自分らしく
 いられる空間であることを

     確かめる
  気に入っている店の
   通りの見える窓際の
    席にすわり

  コーヒーを頼んで 
   人の通るのを眺めている

  通りかかる 通りすがりの
   あの
   〈どぶ}
  と名付けた都会から
   都会の匂いを
 持ち帰って来た 若い男女を

  思い入れを込めて眺め
   心の中で 架空の 
    〈恋〉
  のストーリーを描き上げる

(これらは、町のあちこちに、長い時間に刻まれた歴史の痕跡のひとつひとを感じて生きている贅沢な感じを、詩に表したものです。)

とりで豆知識

○ 「取手」という地名の由来?
戦国時代に大鹿太郎左衛門の砦(大鹿城、現在の取手競輪場付近)があったので、「とりで」と呼ばれるようになり、のち「取出」、1673(延宝1)年「取手」と改称した、というのが定説です。

○ 取手と伊勢神宮の関係?
さらにさかのぼると、取手は
平安時代末の十一世紀のころは伊勢神宮の相馬御厨(みくりや、所属領地、神領)だった。

○ 平将門が一時期、相馬御厨(みくりや、所属領地、神領)の下司職(番人)をつとめていた?
結婚して間もないころの若かりし将門は、相馬御厨の下司職(番人)を務め、善政を施したとされ、取手(相馬御厨、竜禅寺三仏堂、将門の守り本尊を祭る長禅寺境内の観音堂)、藤代(将門信仰の延命寺)などに足跡を残している。
 
○ 豊臣時代の痕跡
豊臣秀吉が天下をとった時代、家康の重臣、鬼の作左こと本多作左衛門が秀吉の怒りに触れ、家康もやむなく取手の地(井野)に蟄居させた、墓が市内に残されています。

○ 江戸時代の痕跡
江戸時代には佐倉藩、関宿藩、前橋藩などが支配。それぞれ佐倉城、関宿城、前橋城からは離れた領地であったことと、陸運、水運の要地として徳川幕府直轄の天領、旗本領も点在、そのため近世は城下町ではなく、水戸街道の宿場取手宿、利根川水運の要地取手河岸として栄え、殿様の宿所となった本陣など、その痕跡が各所に残されています。

○ 取手の所属県は何回変わった?
明治維新後は、1872(明治4)年 印旛県に属し、1874(明治6)年 千葉県に、そして1876(明治8)年 茨城県に編入。現在の取手は千葉県との県境にあり、茨城県の最南端、県庁のある水戸とは快速電車で1時間半の時間距離があります。

○ 取手の農業は?
かつては灯心に使うイグサ栽培が盛んだった。現在は利根川下流、小貝川米作地帯の一部をなしています。


○ 取手の近代工業は?
食品(日清食品、キリンビールなど)、電気機器(キャノンなど)、機械、金属工業など茨城県内でも有数の工業立地となっています。

帰路(取手に住む贅沢)

 駅に着いて ホームに
   降り立つとき

 なによりの贅沢だ と 
  かんじられるのは


 どの道を通って帰るか
    選んで

 歩き始める 瞬間だろう

 Aコースは 団地を抜ける
    アップダウンコース 

 Bコースは 駅前道路を直進
    ラクダの背中コース

 Cコースは 河川敷を眺める
    土手遊歩道コース

 Dコースは 商店街を
    気まま平坦コース

 Eコースは バスで直帰
  
  さあ(家まで)
 今日は Cコースだ

とりで豆知識
○ 取手市を形成する旧町村の数?
1885(明治18)年 取手村と大鹿村が合併し取手駅に
1889(明治22)年 市町村制施行により台宿村を編入し取手町に
1947(昭和22)年 井野村編入
1955(昭和30)年 寺原村、小文間村、高井村、稲戸井村を編入 
1970(昭和45)年 市制施行により取手市に
2005(平成17)年 藤代町を編入

手をとりあって踊ろう!(オンリーワン!取手)

  手をとりあって 
   とりで とりで

   取り手 取手 
  手をとりあって

    踊ろう!
 (オンリーワン!取手)
  東口駅前広場から 
 東西通路を 踊るみんなで

   埋め尽くし
  さらに階段を上
って
 西口の歩道橋広場を

   踊るみんなで
   埋め尽くして

  手をとりあって
    踊ろう!

 (オンリーワン!取手)
  江戸へ十里の 
  地の利を活かし


  手を取りあって
  とりで とりで

  取り手 取手
  手を取りあって

   踊ろう! 
 (オンリーワン!取手)
  東口駅前広場から
   東西通路を 
   踊るみんなで

   埋め尽くし
 さらに階段を
上って 
  西口の歩道橋広場を

   踊るみんなで
   埋め尽くして

  手をとりあって
    踊ろう!

 (オンリーワン!取手)

人の輪が広がってきたら
   次は 東は利根川の
河川敷まで 続いて土手伝いに

遊歩道を進んでそのさき
  八重洲団地の家々まで

 つないだ手と手の輪を
   広げたらいい

  さらに長禅寺の石段から
  本堂 観音堂を拝み

 本陣を左に旧水戸街道を
   進んで藤代まで

 芸大通りを進んでいくなら
 小文間を過ぎて戸田井橋まで

西は大鹿城のあった白山
   取手競輪場

  はたまた桜並木の
 ふれあい道路を戸頭まで

  そして さらに
 手をつないで踊るみんなで

  埋め尽くして 
   町全体に!

とりで豆知識

○ 小説に見る(利根川と取手)

利根川を渡れば茨城県で、土浦にもだいぶ近づいたという感じになる。
もちろん、常磐線が渡る川は利根川だけではなく、上野から乗れば、北千住の辺りで荒川、松戸の辺りで江戸川を渡り、その後利根川を渡ってからは、取手、藤代と来て小貝川を渡り、土浦では桜川を渡るわけだが、利根川が際立って広く、鉄橋を渡っている時間も長かった。
 したがって、他の川に架かっている鉄橋を渡るときとは違い、長い「ゴー」という音がし始めると、夢心地の中にあっても、
「ああ、利根川だな」
と分かるのだった。

……
駅の改札を出て、河原の方へ歩いた。
土手に上がると、まだ夕日が高い位置に見えた。広い河川敷が明るく照らされて横たわり、利根川の流れも静かな空間を構築している。
河川敷には野球のグランドやテニスコートが作られているほか、市民のだれもが使えるよう、解放された多目的広場が広く取ってあった。
 その先には常磐線の架橋と国道六号線の通っている架橋を隔ててパブリックのゴルフクラブがあった。隆一は、しばらく夕日に照らされた光景に見入ってから、多目的広場へ向かって土手を下った。

三生康詩の常磐線沿線短編小説集
『常磐愛線(ファースト・キス)』より


○ 小説に見る(特別な町 取手)

茨城県取手――
JR常磐線と利根川が十文字に交差するこの街には不思議な時間軸の交錯がある。
東京の都心とは40分から1時間足らずの時間距離である。
駅から利根川沿いに東へ徒歩十数分のあたりに、八重洲団地と呼ばれる一戸建ての古い住宅団地がある。おそらく東京駅の八重洲口の名を借りてつけた名前だと思われるが、戦後東京からの移住者が住んだ地域である。そのほかにも、市営住宅や集合住宅、マンション群のほか、隣接する土地、利根町、藤代、竜ケ崎での団地造成も相次いで行われ、多くの都会の住人が移り住み、バス便も整備されている。
ただし、その移り住んだ人たちの多くはその世代に留まり、次の世代の多くは外へ出て行き、また新しい人たちが入ってくるという代謝が繰り返されている。
しかし一方で、街の外郭に位置する土地をみると、別世界のような広大な水田地帯が広がっていることに不思議な感じを受ける。都心との時間距離がそのくらいの場所ではほかに類例は少ないだろう。
「農業」
が、この街では依然として基幹であり続けているのだ。
……
さて、この物語の主人公の少年である。彼は今日も、その利根川を渡る常磐線の鉄橋に近い河川敷の川辺で釣りをしていた。

三生康詩の常磐線沿線長編小説
『常磐線ドリーム いま・せん見っけ!』より


○ 常磐線の出てくる文芸作品?
常磐線沿線小説といううたい文句で書かれた三生康詩の作品から、この冊子では取手を舞台にした2編を引用したが、川端康成の『伊豆の踊子』にも、常磐線が登場することを、紹介しておこう。

(主人公の学生が踊り子一行と別れて伊豆からの帰路、霊岸島行きの船に乗ったあとの終りに近い場面)・・・私はそれが人の物であることを忘れて海苔巻きのすしなどを食った。そして少年のマントの中へもぐりこんだ。私はどんなに親切にされても、それを大変自然に受け入れられるような美しい空虚な気持ちだった。明日の朝早く婆さんを上野駅へ連れて行って水戸まで切符を買ってやるのも、至極あたりまえのことだと思っていた。何もかもが一つに解けあって感じられた。
 船室の洋灯が消えてしまった。船に積んだ生魚と潮の匂いが強くなった。真っ暗な中で少年の体温に温まりながら、私は涙を出まかせにしていた。・・・


(注)
この本に掲載した詩はそれぞれ、( )内の詩集に掲載のものです。

「つくしくん」、「芽吹く時」、「はるたちがやってきた」の3篇
(三生康詩・第二詩集所収)
「いつもの時間」、「終点まで」、「終点」、「帰路」の3篇
(三生康詩詩集所収)
「旅人になって」、「都会の匂い、町の色」の2篇
(三生康詩・第三詩集収集)
「オンリーワンの町」、「とりで自慢」、「すぐれもの、常磐線快速」、「手をとりあって踊ろう!(オンリーワン!取手)」の4篇
(詩集(ベス・ポジ・二刀流・オンリーワンの町)取手へ ようこそ!の中にオリジナルの詩として収録)


はしがき

 先日、自宅の近くに新しく住宅が完成し、引っ越してこられた方があいさつに見えました。そのときのお返しに何か差し上げたいと思い考えているうちに、日頃常磐線の電車の座席にすわって書き溜めている詩を中心にすえ、住んで十二年、シニアとしての生活を謳歌する気持ちを表した冊子を編んでみたらどうかと思い立ったものです。
 同じ町に住むことになったご縁を大切に生きて暮らしていきたいなという思いをこめつつ、新しくこられた方を含めて町の人全体で、新しい目線で、この町のオンリーワンを見つけていただくきっかけになれば幸いです。

                     筆者記す


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(注)
このホームページに出てくる図柄の多くは、小説や詩集の表紙の図柄と同じように、主として柏・取手で出会った壁画や市民ギャラリーなどで展示された
作品等を筆者がフォーカスした写真を使わせてもらっています。またWEBサイトで紹介されていた写真も含まれております。

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